月夜見

   “春の祭りの”

   *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

四季が巡る日本では、
こぉんなに小さい国でも南北に気候の隔たりがあるせいか、
土地によって祭りの時期も微妙に違うようで。
東北の三大祭りが夏の間に集中していて、
しかもああまで規模がものすごいのは、
あっと言う間に秋になり、長い冬が押し寄せるからだし。
沖縄の海開きは何と三月だ。(…祭りなのか? それ。)
あと、暦が太陰暦から太陽暦に変わったせいで、
昔ながらの節季のお祭りが ずどんとずれ込んでいる例も多々あって。
例えば、
こちらの時代劇でもさんざんご紹介して来た 初春の“初午”なんてのは、
年明け最初の午の日にお稲荷さんへお参りするというお祭りなのだが。
今の暦で数えてしまうと二月の頭辺りという寒さ絶好調の時期となり、
昔は お彼岸とか、やはりもっと後だったひな祭り辺りの行事だったんで、
それでと詠まれた当時の俳句や和歌とは
かなり風情がずれてしまうこと請け合いだそうな。



      ◇◇


毎度お馴染み、グランド・ジパングの春は、
色んなお花にちなんだお祭りの連続で幕を開ける。
シモツキ神社の枝垂れ梅や、千年桜への花祭りが有名だが、
それ以外にも…もしかしてただの名目かもしれないというような
可憐すぎるお花までかつぎ出されての、
スイセンの祭りだ、コブシの祭りだと言っちゃあ、
神社の境内に植木市が開かれの、屋台が居並びのし。
大人の特におじさんたちは、
あんまり信心深くはないクチまでもが
ここぞとばかりにお神酒を傾け合って、
いやぁ待望の春だねぇなんて気勢を上げたりするのだが。
単純な甘味の食い物屋や子供相手の玩具の店にしても、
どこかで季節に合った細工ものなどを広げてくれるので。
ああこれは○○の藩のだね、もう雪が解けたんだねとか、
そうか、もう▽▽がとれるのか、
この佃煮を食べると春って気がするねぇとか。
そういう形で春を知るのもなかなか乙というもので。

  そうしてそして。

わざわざ 対にした覚えは誰にもなかろうけれど、
そういうにぎわいに付き物なのが、
掏摸や置き引き、引ったくりといった、やや荒い手口の犯罪の類い。
お祭りという華やかにぎやかな場だけあって、
出掛けて来たお人は ついつい浮かれていての注意散漫にもなろう。
それに、人がたくさん出ている場では、
思わぬところから手が伸びていてもなかなか気づけない場合も多い。
極めつけは、雑踏の中を擦り抜けて駆け抜けるには、
それなりの慣れや技術が必要なので、
手慣れた相手が素早く逃げを打つのに比べ、
素人が周囲の他人に気を遣いつつ後を追うなんてのは、絶望的に無理な話。
身に添うた和装の着物の懐ろという、
ほぼ密着させてるところからでも一切気づかせずに
そりゃあ鮮やかに掏摸取る 神のような業師もいたというけれど。
そういう輩には、
それなりの金持ちの財布しか狙わぬという
信念を譲らぬ者もいたようで。
上がりの善し悪しじゃあなくて、
貧乏人をがっかりさせるのは性に合わないからなんて
粋な言いようを掲げてのことで。
とはいえ、景気がいいうちはそれで通るかもしれないが、
そうそういつも金満家ばかりが大通りを闊歩しているとも限らぬし、
何より、そこまでの腕や矜持がないクチは、
ともすりゃあ“巾着切り”といって、
着物のたもとを刃物で切り裂いたりして、
そこに収まっている財布や、
細工の上等なたばこ入れを強引に掠め取りもしたらしく。

 『ああいうのばかりになって来るとは世も末だねぇ。』

腕がよかろうが稚拙だろうが、
捕まえるべき科人には間違いないのだけれど。
それでも芸も情けもないよな力任せが横行するとは、
随分と薄っぺらになっちまったもんだと、
同心のゲンゾウの旦那あたりがぼやいてたなぁなんて。
今朝方の番屋での申し送りを思い出しつつ、

 「待ちやがれっっ!」

今日はジンチョウゲのお祭りだったか、
いやいや、今年は随分と早い桜なのでという、
突発的な花見祭りだったか。
港に近い南向きの神社の
境内とその鳥居前の通りで催されていた
奉納祭りと縁日…というにぎわいの中。
太物問屋の旦那が抱えていた、
進物の包みを引ったくった奴が出たのでと。
今で言う警邏、つまりは見回りに立っていた
我らが麦ワラの親分が、
そら出た こんちくしょうとばかりに駆け出しておいで。
いいお日和だったので
早咲きの桜を見上げるお参りの客たちが
どっと詰め掛けていた境内は、
結構な犇めき合いではあったれど、

 「きゃっ。」
 「どわぁ、何だお前っ!」

いきなりぶつかってくる相手に腹を立てても、
わざわざ取っ捕まえようとまで勇む人はそうそういない。
そのくらいのことだからというクチと、
相手も必死なら何をされるか判らないからというクチもあってのことで。
特に逃げ慣れていない輩の場合、
諦める方向がそれもまた自分勝手なことがなくもない。

 「ち…っ。」

ここは千年桜ほど名だたる樹があるでなし、
ともすれば月一開催の祭り程度の規模なので、
立錐の余地もないとか、
芋を洗うようなというほどまでの混雑じゃあないのだが。
それでも気持ちの上で進退窮まってしまったらしい引ったくり。
しゃにむに駆けたからか、
やや曲がってしまった帯やら着物の合わせやら、
そんな格好だというだけでも浮いていて。
立ち止まった彼を周囲を行き交う人らもすすすっと避けて通るのへ、
一体何がどう点火されたやら、

 「……っ!」

何故だか むかむかむかっと腹が立ったらしい。
不精なのか不器用なのか、
頬やあごにヒゲの剃り残しも目立つお顔を引きつらせると、
抱えていた風呂敷包みを小脇へ抱え直したその上で、
手近にいやった小さな子供の、着ている着物の背中をむんずと掴み、
そのまま高々と持ち上げてしまう。

 「くぉら、岡っ引きっ
  これ以上 俺を追って来ると
  この子がどうなっても知らねぇぞ?」

力だけはあったようで、しかも子供も三つか四つか随分と小さい身。
だというに、すぐそばに親御が居合わせないものか、
びっくりしたらしいまま“ふやあぁあん”と泣き出したというに、
何をするんだと抗議する声も上がらずで、

 「やっ、こいつ、何て真似をっ。」

その子を離せと怒鳴ったおじさんが出たものの、

 「うるせぇやっ!」

お前らだって同じこと、
おいらに近づきやがったら、この子はどうなっても知らねぇぞと。
芸はないが効果は抜群、
うううと唸るしかなくなってしまった参拝客らが
已なく遠巻きになるのを、
ますますのこと遠ざけようとしてだろう。
楯というより何かのまじない札みたいに、
幼い人質をほれほれとかざすものだから。

 「こらぁ、やめないかっ。」
 「そうだぞ。子供が泣き出すだろうがっ

抗議の声が飛んだのへ、
強引な格好で振り回されていた坊や、
自分が叱られたとでも思ったか、
ますますのこと お顔が歪み、
うわわあん・ひやあんと
喉が裂けそうなほどの声を上げて泣き続ける。

 「うう〜〜〜。」

日頃から無鉄砲でも知られておいでの親分だったが、
まだまだ幼い、
しかも怖がって泣きじゃくる子供が人質となると勝手が違う。
こんのやろうが〜〜っと、腕まくりをしたまま、
文字通りの手をこまねいて、こっちも唸って見せておれば、

 「親分さん、親分さん。
  早くわたしの包みを取り返しておくれな。」

やっと追いついた、最初の引ったくりの被害者の旦那が、
息を切らせつつもそうと訴えて来て、

 「あれはわたしの得意先へ持ってく進物。
  遅れれば機嫌を損ねて商いもしくじりかねない。」

さあさあとやたら急っつくその上に、

 「あんな小僧なんぞ、多少振り回されても大丈夫だろう。」

乱暴な手を使ってでも早く埒をあけてと言いかかったのへ、

 「ぬぁんだとぉーっっ

この場合は、誰もが同じ気分となったか、
親分以外にも、間近に居合わせた見知らぬ同士の数人が、
一遍に同じ声を上げたほどであり。

 「何て罰当たりなことを言いやがるっ
 「さてはお前、この藩の人間じゃないなっ!」
 「その性根、おいらが叩き直してやるっ!」

最後の一声は、随分と遠くから聞こえたなと思や、
子供を吊り下げていた引ったくりの声であり、

 「お前が言うな、お前がっ!」×@

  ごもっとも。

いやいや、いやいや、
大変な事態だというに、お笑いで落としている場合じゃあない。
とはいうものの、
じいと見据えた先、憎たらしい引ったくりこそが
泣き叫ぶ坊やには一番間近い位置なだけに、
さしものゴムゴムの親分さんも、手の出しようがないと来て。


  ……………………? あれ?


 「なあ、そこの引ったくりの旦那。」

微妙な拮抗状態にあった場だったが、そこへと放られたお声が一つ。
なかなかにいい響きの男衆のそれであり、
こんな緊迫の最中と気づいていないか、
ちょいと間延びした、何とも伸びやかなお声であり。
しかも訊きようものんびりしたものだったため、
居合わせた皆も、当事者の無精髭の男も、
毒気を抜かれてしまったか、
“はあ、何でしょうか”と聞く構えになったところへ、

 「その子がどうなっても知らねぇなんて言ってるが、
  さて どうするつもりでいなさるんだ?」

そんな風に畳み掛けたもんだから。

   ……………そうなんですよね。
   一体 どうするつもりなんだろか。

 「???」
 「…………だよなぁ。」
 「そうだ、そうだ。」

おややぁと首を傾げた親分は勿論のこと、
周囲で息を飲んでいた皆さんや、
苛立ち紛れの八つ当たりか、
包みを引ったくられたどっかの旦那に
詰め寄りかけてた顔触れも、(おいおい)
そういや そこが曖昧だなぁと、賛同しかかったものの。

 「う……。」

ふやぁあん・ああんと、
依然として泣き続けている坊やを抱えたご当人、
そこを言及されるとは思わなかったか、
ギョッとしてから、お顔がだんだんと赤くなり、
これはもしかしたらいけない方向に煽ってしまったかもと。
気づかなかった俺らは悪くなかった、
誰だ追い詰めるようなことを聞いたのは…なんて、
大多数の気のいい皆様が 尻込みしかかったその時だ。

 「こうしてやるつもりだったんだよっ!」

がばあっと大きく両腕を振り上げ、そのままその手を離しかかったのへ、

 「わあ、やめろっ!」
 「何しやがんだっ、貴様っ。」
 「やめてぇっ!」

女性の悲鳴も入り交じる中、
だがだが、ひゅいんっと伸びて来たのが、

 「…………………………あ。」
 「ああ、そうか。」

大人たちが大半という
結構な高さがあった人垣の上をやすやすと通過し、
抱え上げられた坊やの胴回りをがっしと掴んだ手があって。
懐ろへ抱え込まれていては難しかった奪還も、
こうまで不安定な支えようになったれば、

 「ゴムゴムの吹き戻しだ。」

マジックハンドでもいいかもという、基本的な“手”を繰り出して、
うわぁんうわんと泣きじゃくる坊やを、
無事に取り戻した親分だったのを見届けると、

 「よぉし、でかした親分さん。」
 「このお騒がせ野郎がよ
 「匕首でも持ってやがるかと案じておれば。」

どんだけ肝を冷やしたか知れねぇと、
浮足立ってた大人の皆様が、
微妙に目をすわらせて、手の空いた引ったくりを取り囲む中、

 「あああ、ウチの子を知りませんかっ。」

この人混みの中、
坊やが元気に駆けてってしまったものか、
今になってやっと、
取り乱しかかっている若い母親が駆けつけたので。
気をつけなきゃあいけないよとの叱責とそれから、
何だなんだこの人だかりはと、
不穏を感じて駆けつけたゲンゾウの旦那へ
あとの事情聴取はよろしくと現場ごと引き渡すという、
相変わらずに大胆なことをやらかした、麦ワラの親分はといや、

 「…よお、親分。」
 「あ、やっぱりゾロだったか。」

辺りを見回すまでもなく、
やれやれとほどけてゆく人だかりの向こうから、
お〜いと手を振る雲水姿のお坊様を見つけ。
やっぱりなぁと満面の笑みとなる。
お声だけでも十分、あ・此処に来てると通じたものの、
一体何をしでかすつもりかは計りかねていて。

 “ちょこっと癪だよな。”

だって、紛れもないお務めの上の非常事態だったのに。
相手が何の用意もないと、
だからと子供を抱えるなんて突拍子もない真似をしたんだってこと、
何で自分は気づかなんだか、
そしてどうしてこのお坊様はあっさり気づけたかを思うと。
お腹の上あたりが微妙にもぞもぞしちゃうので。

 「たあっ
 「わあっ。」

まんじゅう笠のいつものいで立ちへ、
石畳を蹴りつけ“え〜い”と飛びつくと。
今日ばかりはいつもの“奇遇”で許してやんねい、
一体何の用で、坊さんなのに神社の境内にいたんだと、
問い詰める所存満々の親分だったようだけど。

 花見団子を一抱えで、籠絡されるんでは罪がないやねと

こちらでも速めに咲きそろってた緋白の桜が、
高いところや目の先ででゆらゆらと、
微笑っているよに軽やかに、おいでおいでと揺れていたそうな。




    〜Fine〜  13.03.25.


  *記録ものな桜の早咲きとあって、
   先週の春分の日以降、
   主に東京の桜の名所は随分とすっとんぱったんしたそうで。
   ライトアップの用意が間に合ってないとか、
   仮設トイレが間に合ってないとか、
   ごみ箱が間に合ってないとか。

   …つか、最後のは来る人のマナーの問題でしょうにね。
   ほか弁のプラ容器のゴミとか、
   平気でそこいらに捨ててくそうですね。
   そんな人がどうして桜見たいかなぁ。
   感受性の混線とやらでしょうか。
   花火見物のあとも凄いごみの山になると言いますしね。
   日本人てマナーがいいとか言われてるけど、
   実態はこんなもんですか?
   あの富士山が世界遺産に選ばれないのは、
   登山道が一般ゴミだらけだからだそうですしね。
   道徳倫理の授業が復活するそうですので、
   そこのところも頑張って刷り込んでやってほしいものです。

   ともあれ、
   今週にもちょっと強めの雨になるそうなので、
   冗談抜きに三月中に出掛けないと、
   花見が出来なかった春となりそうなのだとか。
   北上すればGWまで余裕であちこちの名所を回れるぞ〜?
   そういう考え方もあるよ〜?(他人事だと思って…)


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